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  1. 【斬れ過ぎて怖い!】歴史上有名な日本刀&人物あれこれランキング!
【斬れ過ぎて怖い!】歴史上有名な日本刀&人物あれこれランキング!

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【斬れ過ぎて怖い!】歴史上有名な日本刀&人物あれこれランキング!

今回は歴史上有名な日本刀のみを厳選し 愛用した人物や作者も含めてランキングで紹介したいと思います。 出来の良い日本刀の中には不吉で霊的な伝説の付きまとう物もあり、結構怖いです。

1位

源頼光:童子切安綱(どうじぎりやすつな)

鬼斬の刀獣童子切安綱 (ガチ)(D-BT02/0014)

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鬼斬の刀獣童子切安綱 (ガチ)(D-BT02/0014)
清和源氏の嫡流である源頼光が、丹波の大江山に棲んでいた悪しき鬼、酒天童子の首を切り落とした事から「童子切安綱」と名付けられたこの名刀は余りにも有名ですよね。

この刀の切れ味の凄さを象徴する出来事としては、江戸時代に町田長太夫という試し斬りの達人が、6人の罪人の死体を積み重ねて振り下ろした所、その死体だけでなく下に置いた分厚い木製の土台まで、真っ二つに切れたそうです。



2位

正宗

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名刀シリーズ 『五郎入道正宗 石田三成愛刀』
日本刀の正統として正宗以上に有名な刀も無いかと思います。
鎌倉末期にこの名工正宗が出て以降、この正宗一派はその後の日本刀制作において、多大な影響と功績を残して来ました。

正宗の真髄は「沸の妙味」とも言われ、刀身の地金や刃紋に浮かび上がる金筋、筋金など、変化に富んだ様々な模様が最大の特徴です。

3位

妖刀村正

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模造刀(美術刀) 名刀写し 千子村正【せんごむらまさ】
次は戦国ゲーなどでもお馴染み、妖刀村正について、その不吉な出来事の数々をご説明致します。

正宗が日本刀の正の正道なら、この村正は負の邪道であるかも知れません。
特に徳川家には多大な負の影響を与えています。

徳川家康の祖父清康と父広忠は、共に家臣の反乱によって殺害されていますが、その時に使われた刀がどちらも村正銘だったそうです。

また、家康の嫡男信康が織田信長に謀反を疑われ、死罪と成った際に使われた刀も村正であったと言われています。

更に更に関が原の合戦の折には武功を上げた織田有楽斎の長男、織田長孝の槍が戦後検分した徳川家康の指を傷つけたと言われていまして、この槍もまた村正の作であったっそうです。

それ以後、家康はこの村正を徹底的に嫌悪し、徳川家所蔵の村正の刀剣類はすべて廃棄され、長く徳川家に仇を成す刀として、忌み嫌われたそうです。

4位

三好政長から織田信長など、持ち主複数:宗三左文字

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名刀百華 戦国武将の刀 [4.宗三左文字 (織田信長-豊臣秀吉-徳川家康)](単品)
戦国期としてはこの刀ほど数奇な運命を辿った刀も無いでしょう。

戦国初期に畿内で大いなる権勢を振るった三好政長から、武田謙信の父武田信虎に贈られ、その後息子である謙信に信虎が授け、それ以後は長く敵対関係にあった今川家の和睦の印として、今川義元に輿入れした定恵院(武田信虎の長女)から今川義元の手に渡ります。

しかし、かの有名な桶狭間の合戦の際に、織田信長が討ち取った今川義元の戦利品としてこの刀を取得しました。

信長は本能寺の変までこの宗三左文字を自分の愛刀としていましたが、それ以後は紆余曲折を経て、豊臣秀吉の手に渡り、秀吉の死後はその嫡男秀頼が所有します。

しかし大阪夏の陣を経て今度は徳川家康の手に渡るという、つまり、その時々の権勢を得た者が所有する刀として、更にはその後天下を狙う者が所有する刀として、その運命を占う役割を果たすと言れました。


5位

上杉謙信:鉄砲切り兼光(てっぽうぎりかねみつ)

おなじみ越後の雄、上杉謙信の愛刀として知られる鉄砲切り兼光は謙信が川中島の合戦で武田方の狙撃兵を構えた鉄砲ごと一刀両断にしてしまった事から、こう名付けられたそうです。

武田信玄の本陣に単騎突入したりと、剛勇で鳴る謙信さんらしい逸話ですね。

6位

織田信長→黒田官兵衛:へし切り長谷部(へしきりはせべ)

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黒田官兵衛: 智謀の戦国軍師 (平凡社新書)
へし切りは福岡市博物館に収蔵されていますが、写真撮影不可だそうです。

織田信長が茶坊主の無礼に激怒して追いかけ、棚の下に隠れた茶坊主をその隠れた棚ごと圧し切って(つまり押し切って)しまったと言う、少し血生臭いエピソードから名付けられた名刀です。

のちに羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の家臣と成った若き日の小寺官兵衛(のちの黒田官兵衛)に信長が授けたと言われ、黒田家伝来の名刀として現代まで伝わっています。

7位

立花道雪:雷切(らいきり)

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立花道雪―炎の軍扇 (人物文庫)
戦国の名将、立花道雪の愛刀で、木陰で雨宿りをしていた道雪に雷が直撃し、半身不随という重傷を負いながらも命を取り留め、その時に差していた刀を雷切と名付けました。

上記写真の通り、刀には被雷(雷が落ちた)した跡が付いているそうです。

8位

沖田総司:菊一文字則宗(きくいちもんじのりむね)

沖田総司【電子書籍】[ 大内 美予子 ]

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沖田総司【電子書籍】[ 大内 美予子 ]
新選組隊士の中で最強と言われた沖田総司の愛刀ですが、則宗作の刀は大大名ですら入手困難な非常に貴重な古刀で、当時の沖田が所有していた可能性は殆ど0に等しいとの事です。

ただ、新選組の中でも最高幹部クラスである沖田は当時、会津藩の家老クラスとも交友が合ったとの事ですから、もしかすると持っていたのかも知れません。

9位

土方歳三:和泉守兼定(二代:千両兼光)

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土方歳三最後の戦い 北海道199日
新選組副長の土方歳三が愛用してたとされている名刀で、じつはコチラの2代和泉守兼定も非常に入手困難な国宝クラスの古刀で、当時は千両もした事から千両兼光と言われていました。

但し、11代目の和泉守兼定は幕末に会津藩お抱えの刀鍛冶として活躍していたそうで、土方の持っていた和泉守は、この11代兼定の物では無いかとも言われて居ます。
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最終更新日: 2017-01-30 21:09:57.0
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